中学に入って最初の夏休みの事。母方の田舎に1週間ほど帰省することになった。

部活あるし、(嘘だ。さすがに毎日はない) 一人で残るから大丈夫(夜中までゲームしほうだい!)
との言い分はあっさりと却下されて、新幹線と在来線とバスとを乗り継いで、母の生まれた片田舎までやってきた。
遠いこともあって、毎年必ず訪れているわけではないこの場所は、見渡す限り畑・田んぼ・山、山、山。
こんな場所で生まれたら、どこに買い物に行き、どこで遊べばいいのだろう。
母が父と出会い、神奈川の地に居を構えてくれた事にひっそりと感謝する。

出迎えてくれた祖父母は、皺こそ深く刻まれているものの、70を過ぎてもなお畑に出ている為か、
浅黒く日焼けしてまだまだ元気だ。挨拶も早々に家に上がり、畑で取れたばかりの野菜が並ぶ食卓を囲む。
夜は街灯のほとんどない真っ暗な世界が辺りを包み、見上げればプラネタリウムのような星々が裸眼でもハッキリと見えた。
車の排気音など一切聞こえない静寂と、微かな虫の声を子守唄に眠る贅沢は、渋りに渋った帰省も
非日常を味わうと言う意味では新鮮に感じられた。・・・のもせいぜい2日間といったところか。
とにかく暇だった。いつも見ているテレビ番組は、放送されているチャンネル自体が違う為見られないし、
普段遊んでいる据え置き型のゲーム機はさすがに持ってこなかったため、手元にあるのはポータブルゲーム機だけだ。
当然の事ながらこの祖父母宅にwifi環境などあるはずも無く、通信対戦で暇をつぶす事もできない。
漫画も無ければ、友達も居ない。する事がない。
母に不平を零したら「宿題をするっていう大事な仕事があるでしょぉ?」と氷の微笑を返されてしまった。

畳敷きの床に胡坐をかいて、英単語のドリルを片付けようとちゃぶ台に向かってはみたものの、
暑さと、そしてなにより大嫌いな英語の宿題とあっては、その進捗は微々たる物である。
ところどころ塗装が剥げてしまってた壊れかけの扇風機の羽がカラカラと回る音が、途切れた集中力に耳障りで仕方がない。
下手をすると自分よりも年上かもしれない古めかしいこの扇風機の風すら、今は苛立ちを募らせる一因と成り得た。

「あらー!@@@ちゃん!わざわざ西瓜持ってきてくれたのぉ?!うれしー!」

普段より一際高い母の声が縁側から響いた。来客のようである。
平素であれば、客人の訪問に顔を出そうなどとは微塵も思わないのであるが、何せ暇を持て余している。
うっそりと腰を上げて縁側の方を覗くと、微妙に見知った顔があった。
母方の田舎へ帰省する時だけに顔を合わせる同年の女子である@@@は、赤也の母の友人の娘である。
赤也の母が結婚して神奈川へ嫁いだのとは裏腹に、@@@の母は地元で結婚し、今もこの田舎に住み続けている。
古い友人の帰省をどこかから聞きつけ、娘である@@@に丸々とした西瓜を持ってこさせたようだ。

「ほら赤也!@@@ちゃん!覚えてるでしょ、挨拶しなさい」
「おー。・・・久しぶり」
「赤也だぁ!なんかちょっと男っぽくなったやんねぇー!」

@@@はと言えば、クラスの女子たちと比べるとやはりどこか垢抜けない感じはあるものの、
それがむしろ好印象に映る、快活そうな女子に育っていた。
自転車の前カゴにすっぽりと納まった西瓜は結構な大きさである。

「こんなに大きな西瓜重かったでしょう?ありがとうねぇ」
「けったやし、大した事ないよ」
「・・・けった?」

聴きなれない言葉に疑問符をつけると、自転車の事だと同郷の母から注釈が入った。
サンダルを突っかけて庭に降り、西瓜を包む網に指を引っ掛けて持ち上げる。

「重っ、マジで重いぞこれ、よく運んできたな」

赤也の一言に、母は持つ気をなくしたらしい。台所まで持って行けと指示が下る。

「やで、けったやし、近いし、学校行くよか全然楽ちん」

そうだ、この見渡す限りの山・山・畑のどこに学校があるというんだ。赤也は台所まで西瓜を運ぶと、
「折角だから上がってけよ、すっげぇ暇してたんだ」

氷を入れた麦茶を両手に、先ほどまで宿題をしていたちゃぶ台へ運ぶと、
@@@は年季の入った扇風機のスイッチを「強」に回して、その強風に自ら身を投じていた。
ほい、と麦茶を手渡すと「あ~、扇風機に冷たい麦茶サイコーやお」と一口で半分ほど飲みきってしまった。
ボトルごと持ってくるべきだったか。

「なぁ、学校ってどこにあんの?このへん畑と田んぼと山しかなくね?」
「うん、遠いやね。けったで40分くらい」
「うわキッツ!」
「そんなん言うても他に無いんやからしゃーないやん。赤也は?まだテニスしとんの?」
「もち!つーか、うちのガッコ全国大会連覇してっから!
 俺はまだ1年だしレギュラーじゃねぇけど、来年はぜってーレギュラーとる!そんで勝つ!」
「でらすっげぇ!!え、え、テレビ中継とかやるんかな、応援するし!」

前回会ったのは小学校3~4年の頃だっただろうか。
お互いの近況や、田舎での過ごし方などを話題に、気付けば陽が傾いていた。

「あ、そろそろ帰らな。赤也、いつまでこっちいるん?」
「土曜日!また来いよ、話し相手いねーからつまんなくって」
「分かった、今度は私も宿題持ってくるから、一緒にしよ」

翌日以降、蒸し暑い日中は@@@と共に宿題を片付け、休憩には@@@の持って来た西瓜や、
祖母の茹でたとうもろこしを齧り、区切りをつけたら近所の川へと遊びに行く、という
田舎の子供の姿そのものという時間を過ごした。
成程、これは確かにテレビやゲームが無くても、それなりに楽しいかもしれない。

「なー赤也、明日ヨコハマ帰ってまうんやろ?今夜一緒に花火しーひん?」
「だからうちは神奈川だけど横浜じゃねーっての!」
「えー、だってうちのオカンが赤也のママは横浜に嫁に行った言うてたよ」
「横浜だけが神奈川県じゃねーんだって!あ、あと花火は賛成ー。」
「じゃー、一回帰って夕飯食べたら花火持ってもっかい来るやんね!」

そうして夕刻。
舞い戻ってきた@@@は、夕闇に溶け込むような紺に、赤や青の朝顔が描かれた浴衣をその身に纏っていた。
目を丸くする赤也に、「オカンに着てけって、でっら絡まれてん・・・」と@@@は苦笑いを浮かべる。
恥ずかしいからあんまジロジロ見んといて!はよ行こ!と急かされ、
燃えカスを入れる用のバケツ、それにマッチとロウソクを持っていつもの川べりへと向かう。
火種となるロウソクに着火すると、@@@の横顔が揺れる燈色に照らされて、赤也は少しだけドキリとさせられた。
それでも「なー何からやるー?」とパッケージを開けながら無邪気にはしゃぐ姿は昼間の@@@のままで、
拍子抜けしたような、安心したような、自分でもなんだかよく分からない気分だ。
空へと垂直に火花を上げる据え置きタイプのものから、手持ち花火へと一通り楽しんで、
締めは当然の事ながら線香花火になる。

「最後まで玉落っこちんとできるかなぁ」
「まー、たくさんあるから何度でも挑戦すりゃいいんじゃね?」

それでも一度着火してしまえば、お互い自分の持つ線香花火の様子をじっと見つめて、無言になる。
火種がぷっくりとしたオレンジの球体になり、不安定で小さな火花から、ダイナミックな松葉へ、
そして、徐々に弱まりちり菊へと変化する。小さくなった球がポトリと地面に落ちたのと同じタイミングで
「なぁ、赤也」@@@が口を開いた。

「来年、は、テニスの大会出るんやっけ」
「・・・おぅ。来年こそはレギュラーとって、俺も、先輩らみたいになるんだ。」
「じゃあ、再来年もやね」
「そだな。再来年になったら、俺が部長になって、俺の力で全国制覇を成し遂げる!」
「はは、じゃあ、次に赤也に会えるんは高校生になってからかもしれんね」
「・・・そだな、来年と再来年は、たぶん夏休み中ずっとテニス三昧だな」
「応援しとくね、テレビかラジオで」

二人はまだ中学生で、日帰りではとても往復できないこの距離が交通費や宿泊先と言った現実が阻む。
応援しに行くとも、しに来いとも言えない。その事は二人ともさすがに分かっていた。
懐中電灯で夜道を照らしながら帰る道すがら、暗い夜道の不安感や、しばらく会えないであろう名残惜しさ、
そんなものたちが上手いこと作用して、どちらからとも無く指を絡めた。
二人とも、何も言わなかった。

翌年の夏、青学に破れ、立海が準優勝となった事を@@@はニュースか何かで知っただろうか。
それとも、去年の口約束なんかすっかり忘れて、友達と遊び呆けているだろうか。
確認する術はないし、確認するつもりも無い。
来年の夏、もう一度優勝旗を学校に持ち帰ることができたら、母に聞いて@@@宅へ連絡を入れてみようかと思う。

そろそろ夏が終わる。赤也の夢は、まだ終わりそうも無い。