白い庇のテントの下には眩しくなるような極彩色の彩りでフルーツが山積みになっている。
曜日感覚のない仕事をしている私が偶々早起きして偶々朝から買出しに出かけたら、
ファーマーズマーケット―――日曜朝市が開催されていた。
これはこぞって買わねば!いざゆかんフルーツの楽園!と私は財布を握り締める。肉や魚に興味は無い。
そう、私はヴィーガンだ。肉や魚をはじめ、乳製品や卵など、動物の肉、更には動物由来の食べ物を口にできない。
人を殺して得たお金で買うのならば、せめて私が生きるための食物は、生殺与奪の関わらないものを選びたかった。

分かっている、これは確かに紛れもなく私個人のエゴだ。
私一人が肉を食べないからといって、屠殺所に送られる牛や豚が助かるわけでも、
イタリアの年間漁獲高が減退することもないだろう。
何より、私は別に動物愛護などという崇高な精神など持ち合わせてはいないのだ。
例えば、通常ならば食欲をそそるはずのステーキ。
ナイフを入れると溢れ出す肉汁、切れ目から覗くレアーな赤い肉―――そんな光景も、
私にとっては自然と分泌されるのは、唾液ではなく込み上がってくる胃液だ。

あ、駄目だやめよう。考えただけでムカムカしてきた。
それにひきかえどうだろう、この美しく瑞々しく甘い香りのする果実たちよ。
オレンジ、黄色、紫にピンク。目につく端からあれこれと指差して、
ユーロ貨幣と引き換えに手に入れたのは、ずっしりと重い紙袋だった。
詰め込みすぎて口のしまらない紙袋を胸に抱えるとフルーツの芳香がダイレクトに鼻孔に届く。
よし、まずはバナナと苺をミキサーにかけてスムージーにしよう。
仄かにピンク色になる甘く可愛らしいその飲み物を頂きながら続くメニューを考えようか。
そんなウキウキした気分で帰ったら、一気に奈落に突き落とされた。
自宅の玄関を開けた瞬間鼻をついたのは、強烈なガーリック臭と、肉の臭いとそれが焼ける音。

「いやあぁぁぁ、何してんのやめて馬鹿馬鹿馬鹿!うぇっ」

最後のえずきはフライパンの中で湯気を上げるステーキが視界に入ってしまったせい。
只でさえ肉の焼ける臭いに胃液が喉まできてんのに、嗅覚と視覚を同時にやられるともうダメだ。
一目散にベランダへ駆け寄り窓全開。
ついでに汚いのは百も承知でベランダの排水溝に痰を吐いた。透明な糸を引いて排水溝に吸い込まれていく。
胃液が混じったそれは酸っぱくて、気分の悪さと前のめりの体勢のせいで目尻に涙が浮かんだ。

「最悪・・・フルーツ山盛り買ってきたのに。おいしく頂こうと思ってたのに。
キモチワルイ、ほんとキモチワルイ。そのフライパン自分で洗って下さいよ、私触りたくないから」

ベランダの壁伝いにずるずると座り込んで、最大限恨めしい目をして言ったら、
全ての事の発端であるこの男―――リボーンは、涼しい顔で調理を終えたその肉塊を皿に盛って
ダイニングで食事を始めようとしている。

「あ、そうだマヨネーズ何処だ。探してもみつからねーから帰ってきたら聞こうと思ってたんだ」

付け合せのブロッコリーならお前も食うだろ?
いけしゃあしゃあとそんな事を言うリボーンを先程からずっと睨み続けていた私は
彼がこちらを向くと自然とその手元の皿―――肉が目に入ってしまい、ぷいと顔を背ける。

「マヨネーズは卵黄と油で出来てるんですよ。私、卵も駄目なんで必然的にうちにマヨネーズはありません」

「重症だな」

ハッと呆れたような溜息をついて、じゃあ何で食えばいいんだこのブロッコリーと言うので
塩でも胡椒でもレモンでも好きにぶっかけりゃ良いでしょ!と語尾を荒くして返したら
フォークをビシっと私に向けて「ぶっかけろなんて女の子が言うもんじゃねーぞ」なんてぬかしやがる。

ベランダの床に直接座り込んでいるので、いい加減お尻が冷たくなってきた。
家の中に入りたいが、立ち込める肉の臭いでどうしても躊躇してしまう。
クソ。女の子は体冷やしちゃいけないんだぞ。せめてソファに掛かってるブランケットをこっちに投げてはもらえんか。

「大体なにしに来たんですか、勝手に上がりこんで。しかも私が肉ダメだって知ってるのにステーキって!
嫌がらせですか嫌がらせですねそうなんでしょう」

「勝手に上がりこんで欲しくねーなら合鍵なんか渡すんじゃねぇ」

正論で返してきやがった。どこまで私の神経逆なですれば気がすむんだこの人。
もう嫌だ、寒いし臭いしムカつくし、口利きたくない。と思って鼻をすすって地面に視線を落としたら
なぁ@@@。肉をもぐもぐと咀嚼しながら話しかけてくる。私が同じことしたら絶対注意するくせに。

「@@@、お前なんで肉食えなくなったんだ。昔はママンの作ったハンバーグも唐揚げも食ってただろ」

俺のせいなのか?
リボーンは、反省している風でも怒っている風でもない、ただ疑問を確認するそれだけの口調で静かに問うた。
この人は本当にずかずかと、私の家のみならず心の中にまで踏み込んでくる。

「別に、」

先生のせいだけってわけじゃ、ありません。
あくまで視線はベランダの床に落としたままそう答えた。
そう、私がヴィーガンになった理由はリボーンがその一因を担っている。
あくまで一因、だ。最終的に肉に拒否反応を示すようになったのは、私自身なのだから。

私とリボーンは師弟関係にある。
とは言っても私はこれからマフィアのボスになりうる女ではない。
色々あって、この薄汚れた世界で生きていかざるを得なくなった私に、
銃の扱い方、メンテナンスの仕方、狙いの定め方、―――人の殺し方。
そういったものを、一通り教えてくれた。
だから私は彼を”先生”と呼ぶ。殺し屋として一人でやっていけるようになってからは
先生はもう辞めろ、リボーンと呼べと言われたこともあったが、今でも時々癖で先生と呼んでしまう。

で、話は私が肉を食べられなくなった理由だ。
簡単に言えば実際に見て、知ってしまったからだ。人間も、斬ると肉になるのだと言うことを。
先生から教わったのは銃の扱い方だけなので、私が殺した死体から肉がこんにちわ、という事はまずない。
ぽっかりと穴が開いて、真っ赤な血がどろどろー。基本はこれだ。
だがしかし刀で戦う人と共同ミッションとなるとそうはいかない。
私が先生から銃の指導を受けて暫く、もうそろそろ現場に出ても良いだろうと言って
何度か二人でミッションをこなした。二人なら大丈夫だった。習った通りにちゃんと撃てた。

そんなある日、殲滅先のターゲットが多いので何人かで合同ミッションをすることになった。
刀を持った人が居た。私は配置的に後方支援だったので、刀の人の後ろで中距離射撃に徹していた。
そしたら目の前で胴体ズバー。背中を袈裟懸けにズバー。その他腕ちょんぱ、首ちょんぱ、エトセトラエトセトラ。
無理。ほんと無理。ミッションの最中に、怖いのと気持ち悪いのとで泣いて吐いたのはあれが初めてだ。

終わってから先生にものすごい怒られた。
ミッション中に蹲って吐いてる奴があるか。狙ってくれと言わんばかりだ。
ええ本当に仰るとおり。でも無理だった。泣いてゲーゲー吐いて真っ青な顔をした私の頬を先生は容赦なくはたいた。
顔をぶたれたのははじめてだった。

以来、私はスーパーの精肉コーナーが直視できなくなり、肉が食べられなくなった。
次いで、焼魚を箸でほじくりながらこれも1週間前までは生きて泳いでたんだよなと思ったら食べられなくなった。
しばらくして、卵をボウルに割り入れて解きほぐす瞬間、ひよこのなりそこないだ、と思ったら駄目になった。
そうして動物由来のものはどんどん受けつけなくなり、今に至る。
だから、全部が全部先生のせいではない。むしろ大半が弱っちい心を持った私のせいだ。
反対に、野菜や果物は本当に美しいと思った。
色とりどりで、甘く、瑞々しい。かじっても滴るのは血ではなくおいしい果汁だ。
だから野菜や果物、ナッツ類や小麦、米、大豆製品ばかり食べて生きていくようになってしまった。

そんな事を回顧しながら相変わらずベランダに座り込んで鼻をすすっている私を見かねたのか
食事を終えたリボーンが呆れたように言った。「いい加減こっち来い、風邪引くぞ」
私は素直に部屋に入る。ベランダへ続く大きな窓をずっと全開にしていたので肉の臭いはあらかた消えていた。
変わりにリボーンが、エスプレッソマシーンで食後のコーヒーの準備を始めたので香ばしい匂りが立ち込めた。

「@@@、買出し行ってきたんだろ。お前もなんか食え」

ええ、そのつもりでしたよあんたが肉なんか焼いてなけりゃ。
駄目だ、いま口を開くと止め処なく罵詈雑言が飛び出しそうになる。
私は狭いキッチンの通路に立ったままエスプレッソの抽出を待つリボーンに目線で退け、と訴えて
先程抱えてきた紙袋をがさごそと漁った。
確かベーカリーのおばちゃんが焼きたてだよ、と言って売っていた全粒粉のビスコッティがあったはず。
ビニールを針金で絞っただけの簡易な包装を開け、そのまま口に咥えたら、
何を思ったのかいきなりリボーンに抱きすくめられた。

「ああ、やっぱりこんなに冷えてんじゃねぇか」

私はビスコッティを咥えたままなので、「離してくれ」とも言えず、むぐ、と口ごもる。
リボーンは私の髪に指を通し、”先生”の時の顔ではない、優しい、
どこか慈しむような目線で私を見下ろすので、冷えてきっていた体温が急上昇するような心地がした。
髪に通していた指を頬に滑らせ、親指の腹で確かめるように頬をさする。

「なぁ、あの時、ぶって悪かったな」

え、なんで今更?
私がきょとんとした目をしたら、咥えたままだったビスコッティの反対側にがぶりと食いつかれた。

いったい全体、今日は何しにきたんだろう、この人。