なぜ人は寒空の下、行列に並ぶのか。
―――そこに美味いラーメン屋があるからだ。

宍戸 亮

バッカじゃないの。

眉間にシワを寄せた@@@に一笑に付された。
さすがにムッとして睨みつけたが、長い付き合いの彼女に
そんな脅しなどもはや通用しない。
@@@はカーキのモッズコートに両手を突っ込んで
寒いー、お腹すいたー、とブツブツ文句を垂れていた。
並びはじめてかれこれ15分。
ようやく寒さの和らいできた3月も半ばを過ぎた頃であるが
まだまだ屋外でじっと立っているだけでは冷えてくる。

「あともうちょいなんだから我慢しろって。
それに寒さに耐えたあとのラーメンは格別ってもんだろ」

「いや、その理論だと夏場はラーメン屋さん死亡フラグじゃん。
夏に食べても美味しいラーメン出してこそ、腕の見せ所でしょ」

あああ、可愛くねー。
どうして俺はこんなへらず口ばかり達者な彼女と1年半も付き合っているのだろうか。
まぁ、確かに会話が途切れて気まずい思いをすることはないのだけれども。

そうだ、もとはと言えばラーメンが食べたいと言い出したのは@@@の方だ。
出掛ける約束をしていた週末があいにくの天気となったため、
仕方なく@@@を自宅へと招いて、いわゆる“おうちデート“をしていた時のこと。
手持ちぶさたの時間を埋めるべく適当に垂れ流していたテレビでやっていたのが
ラーメン激戦区特集 本当にうまいラーメン店はどこだ!・・・と言った赴きの番組だった。

「あ、ラーメン食べたい。」

宍戸の本棚から続き物の漫画をひたすら読破する事に熱中していたはずの@@@が
ふと漫画から顔を上げて思い付いたようにそう言った。

「え、何、ここ行きてぇの?」

テレビではちょうどダイナミックな湯切りパフォーマンスが目玉、とかいう
行けない距離でもない新興のラーメン店を紹介している。

「いや、単にラーメン食べたくなっただけ。亮どっか美味しいとこ連れてってよ。」

投げっぱなしな態度に若干イラッとさせられたが、
こちとらラーメン激戦区で生まれ育ち、すっかり舌が肥えてしまったサラブレッドである。
@@@を連れていくならここしかない。
条件反射のような脳内検索は、所要時間コンマ何秒と掛からずに
宍戸の頭には既に店名から店の場所、おすすめのメニューまで思い浮かんでいた。

そんないきさつで@@@を伴ってやって来たラーメン店である。
宍戸にとってはただ”地元のうまいラーメン屋”という認識の店であるが、
実情はといえばラーメン激戦区の中でも一際人気の高い、カイド本にも掲載される、
まさに「行列のできるラーメン店」なのだ。

去り行こうとしている冬の名残を惜しむかのような日中の冷たい雨は上がり、
まだ空を覆ったままの灰色の雲が街灯の明かり越しにけぶって見える。
はぁ、とひとつ息を吐くと、体温と外気の温度差に白く蒸気を孕んだ吐息が空へ上っていった。

お次、二名でお待ちのお客様ー

あまり小奇麗とは言えない年季の入った引き戸から半身だけ出して店員が呼びかける。
ああ、ようやくメシにありつける。
寒さと空腹で不機嫌に傾いていたパラメータは一気に好転。
宍戸と@@@は思わず笑顔で顔を見合わせた。

ラーメン、半ライスに餃子。かたや、ラーメン単品。
ひと皿4つ乗った餃子のうち、1つは無許可のまま@@@が口に運んでいた。
食べたいならお前も頼めよ、と睨んだら、4つは食べれないから1つでいい。との事。
それ以外に会話らしい会話なんてない。ラーメンは黙って食うもんである。
スープの底に沈んだ麺の切れ端まで掬い上げて完食した@@@は、
食べ終えたどんぶりをカウンターに乗せると、黙々と作業をこなす店主の背中に向かって
ごちそーさまでした!と手を合わせていた。

ウォレットチェーンでつながれた財布を尻ポケットにねじ込みながら外に出ると、
おーいーしーかーったー!とすっかりテンションの上がった@@@、
それにつられて宍戸も眉尻を下げる。
すっかり暖まった体も、駅までの道中はまた夜風に晒されてしまう。
@@@がモッズコートのポケットに手を突っ込んでしまうその前に。
宍戸はそう思って、外気に晒された@@@の手を掬い上げると、自身の指を絡ませた。