「こないだ、子猫を拾ったんだ」

そういやさー、といつもの調子で話を切り出した山本の口から飛び出してきたその言葉に、
ええぇ?!と声を荒げたのは沢田綱吉、口には出さなかったものの明らかにその表情で
”なんでまた”と思っているのは獄寺隼人。
彼曰く、先週の木曜日の夜半過ぎ、そぼ降る雨の中を帰宅しようとした途中で
路地裏から聞こえた泣き声に足を止めてみたら、ずぶ濡れになって震えている薄汚れた子猫が居たのだという。

「見つけちまったらほっとけねーじゃん?」

そうして彼は自分のアパルトマンへと連れ帰り、冷え切った身体を風呂に入れて暖め、
ガリガリにやせ細った体を不憫に思い、ご飯をやったらがむしゃらにがっついた後、
そのままコテンと寝てしまったのだという。
見るからに弱っていたし、元気になるまでは自宅に置いてやろうと甲斐甲斐しく世話をした結果、
数日でその子猫は生気を取り戻し、今ではすっかり元気になったそうなのだが。

「やっぱ世話してりゃ可愛く思っちまうからさー。今も家に置いてきてんだけど、どうすりゃいいと思う?」

くっだらねぇ、変に情けなんかかけてやるからそうなるんだろ、と吐き捨てるように言って
煙草をくわえる獄寺に対し、まーまー山本らしいじゃん、と苦笑する沢田。

「・・・でも、オレら日本とイタリアと、まぁそれ以外の場所もだけど、あっち行ったりこっち行ったりしてるから、
山本の気持ちも分かるけど、ペットを飼うのは難しいんじゃないかなぁ」

沢田にそう言われ、だよなぁ。と山本は頭を掻きながらいつもの困ったような笑いをうかべた。
どうしたら良いか、と尋ねはしたものの、結局のところ山本の中でも既に答えは出ていたらしく、
要するにこの気の置けない友人たちに「捨てなさい」と背中を押してもらいたかっただけのようだ。
そんな山本の様子を見て、あらぬ方向を見つつもしっかりと会話を聞いていた獄寺が口を開く。

「窓でも玄関でもそこらじゅう開けっ放しにしときゃ、勝手に出てくんじゃねぇ?
まー無用心だけど、どうせお前ん家に盗られて困るようなもんなんかねぇだろ」

「お、それ良いな、ちょっと明日やってみるわ。」

そう言うと、山本はじゃーお先ーと軽く手を振って帰っていった。

「そんなわけでだな」

「・・・・・・なにが?」

帰宅した山本は、件の子猫にそう切り出す。
猫の方から返事があったのは、空耳でも、ましてや喋る猫でもない。言うまでも無く、相手が人間だからである。
そう、山本の言った子猫というのは人間の、10代の半ばを過ぎた頃かと思しき少女であった。
出会った経緯に偽りは無い。ついでに名前も既に聞いている。@@@と言うそうだ。
茶トラを思わせるオレンジがかった茶色い髪に、アーモンド型の瞳。
ストリートチルドレンか、はたまたスラムからの家出少女か、そう簡単に想像させる程には、
@@@の身体はやせ細り、薄汚れた衣服を纏っていた。それが数日前の話である。

「お前もう十分元気になっただろ。いつでも出てっていーんだぜ?」

缶ビールのプルトップをプシッという音を立てて開けながら、
山本はダイニングテーブルを挟んだ向かいに座る@@@にそう言った。
@@@はチェアの座面の上で器用に体育座りをし、自らの膝の上に顔をのせてじっと山本を見ている。

「・・・私、じゃま?」

「邪魔ってわけじゃねーけど、俺もいつまでイタリアに居れるかわからねーんだ。
明日いきなり地球の裏側に行く事だってあり得るし、そっからいつ帰ってこれるかもわかんねー」

だから、お前のことは飼ってやれないんだ。ごめんな?
山本は手元のピスタチオの殻を割ってはひょいぱくひょいぱくと口に運びながら、全く悪びれずにそう言った。
@@@はそんな山本に対し、眉間に皺を寄せて不満をにじませる。

「野良猫扱いしないでよ」

口を尖らせて抗議する@@@の言葉を、山本はハッと鼻で笑って「なに言ってんだお前、完璧に野良猫だろ。」

そんなわけで、だ。
冒頭の台詞をもう一度繰り返すと、山本は飲み終えたビールの空き缶を持ってゆっくりと立ち上がり、
@@@のコシのない柔らかな髪をくしゃっと撫でて告げた。

「お前をここには置いとけねーんだ。野良猫じゃないなら、お家に帰んな」

翌日。相も変わらず夜半過ぎに帰宅した山本を待っていたのは、
電気も空調も消えた、暗闇にじっとりと沈む我が家だった。

ああ、遂に出ていっちまったか、可愛いキトゥン。
自分で追いたてておきながら、いざ居ないとなると寂しさを覚える。
酷いエゴイズムだと自覚しながら、山本は玄関からそのままバスルームへと直行した。
頭上から降り注ぐ熱いシャワーを無抵抗に受け止めながら、
@@@の青い目、か細い声、華奢で小さな身体、猫の様に柔らかくしなやかだった髪、
そんな物を思い出して、山本は無性に欲情した。
あの髪に顔を埋めて華奢な身体を掻き抱き、暖かなベッドの上で日がな一日過ごしてみたかった。
カーテンから差し込む陽射しの眩しさで目を覚まし、飽きることなくキスの応酬を交わす。
気が向けばセックスをして、またあの柔らかな髪に顔を埋めて眠り、
腹が減ったらデリバリーを頼んでベッドの上で食事をする―――。
そこまで夢想して、俺は馬鹿かと自嘲し、ざあざあと降り注いでいたシャワーのコックを捻った。

平素、山本の周りに寄ってくる女達は、皆一様にしどけなく体を寄りかからせてくるが、
そういった女達は何も他人に寄りかからずとも、自らの足で立って歩けることを山本は知っている。
彼女たちは、折れてしまいそうなピンヒールを自ら率先して履くことで、
あたかも自分一人では立っていられない、そんなポーズを取っているだけだ。

@@@はそうではない。
エサも、寝床も、身体を暖めるシャワーや毛布も、全て何も持ち合わせてはいなかった。
山本は、自分の周りに群がるハイエナのような女たちを明確に嫌悪こそしないものの、
やはりどこかで煙たがっていたのだな、と@@@という比較対象を得てようやく理解する。
エゴイズムだ、庇護欲だと、獄寺あたりに一蹴されそうではあるが、できることなら@@@を飼ってやりたかった。
暖かな寝床と、十分な食事を与え、もし本人が望むのならば流行の服だって買ってやろう。
そうしてまた浴室内の妄想が頭をよぎり、ヤバイおれ重症かも。
そう思いながら濡れた髪を乱暴にタオルで拭いながら寝室のドアを開けた。

そこに、@@@がいた。
広いベッドの中央で、猫のように身体を丸くして眠っていた。
何の事はない、電気が消えていたのも空調が止まっていたのも、@@@が眠っていたからだった。
時刻は既に夜半過ぎ。眠っていて当然の時間なのに、そんな事にすら思い至らなかった自分が可笑しくて、
山本は寝室の入り口に立ち尽くしたまま額を抑えて笑った。
それは安堵なのか、自分への嘲笑なのか。
山本の発する笑い声で目を覚ましたらしい@@@は眠たそうに目をこすりながら体を起こし、
戸口に立つ山本をその目に捉えると、唇で弧を描いて、鳴いた。

ミャーオ

それは、どんな極上の女が発するフェロモンにも勝る、最高の誘い文句に聞こえて、
山本は首にぶら下げていたタオルを床に放り投げると、そのまま@@@と共にベッドになだれ込んだ。
さあ、もっとないてくれ可愛いキトゥン。あ、俺がなかせてやればいいのか。
鳴かぬなら、鳴かせてやろうホトトギスと言われたのは誰だったか。
まあそんなこと今はどうでもいい。俺は山本武で、こいつは@@@という名の可愛いにゃんこだ。